堕落suicides official website


■NOVELS■

Vamp Lovers - ドララ




 午前零時の鐘が鳴った。
「…と…っ、刻ぃ…」
 女のような声で恥かしげも無く喘いでいるのは、灰色の髪をした端正な白い肌の顔を持った若い男。
 彼は今、廃教会の一室の中で横臥していた。
 教会の周りに人気はなく、しんとした空気が闇夜を支配している。
 その男の上から、刻と呼ばれた真っ黒い背中のあたりまである緩やかにウェーブした髪を湛えた、黒いマント姿の男が覆いかぶさっていた。
 病的にまで白い肌に透明に近い灰色の目、そして如何なる国の王子でさえ適わないであろうその悪魔的に美しい顔立ちはまるで人間のそれとは違っていた。
 刻はその男に上から覆いかぶさり、じっくりと彼の顔をねめ回したあと、
その人間のものではない舌で彼の真っ白い首筋をちろちろと弄ぶように舐め回していた。
「沁…そんな声をだして…慣れてるだろう?いつもこうやって優しく…」
 刻は顔を上げると沁の顔にぐっと近づけて彼の視線を美しい瞳に釘付けにした。
「ち、違…だっていつもこんな…」
 首筋の濡れた冷たい感触を感じながら、沁は刻に言葉を紡いだ。
「たまには焦らすのも悪くない…」
沁の頚動脈は、刻の舌を誘うように、その衝動をますます駆り立てていった。
「ぁっ…!」
 沁の頚動脈のあたりに唾液をたっぷりつけていきなりむしゃぶりついた刻に、沁は再び妖艶な嬌声を上げる。
「と、刻…早…く」
「…お前は本当に可愛いな」
 刻はニヤリと口をゆがめて笑うと、突如沁の髪を乱暴にわしづかみにした。
「っ!」
 そして彼の頚動脈に、自らの口から生えている長い二本の牙を、深々と、一気に突き刺した、
「は…う…あっ…!!」
 そしてそれをゆっくりと抜いていく。
 沁は背中を大きくのけぞらせ、悲鳴に近い嬌声を上げた。
 刻はそこから流れ出る夥しい血液をむさぼる様に舐めては吸っている。
 二人は互いの荒い息遣いを耳元で聞いている。
「ぁ…と…きぃ…っあ…は、あっ…」
沁は長身の刻の服をがっしりと抱きしめ、彼に自らの血を吸われているたまらない快感に酔いしれて頭がおかしくなりそうだった。
片手を刻の頭に持っていき、しっかり自分の首のところで押さえた。
刻は未だ血を吸うのをやめる気配はない。
「ト…キぃ」
どれくらいの時間が経っただろう、気が遠くなるほどの時間の後、刻は血に濡れたその唇をゆっくり離した。
沁の顔は血を吸われていたくせに紅潮し、未だ荒い吐息は甘くすら感じられる。
「何だ…?」
沁から少し顔を離して、唇の端に血をつけた刻が問いかける。
すると刻ははっと我に返ったようになって言った。
「…っえ…あ…」
あわてて全てはずされていたシャツのボタンを閉めにかかるが、全身に力が入らず思うように行かない。それどころか、起き上がれない。
「急ぐ必要も無いだろう…夜はまだ長い」
天蓋つきの大きなベッドの上で、刻はゆっくりと沁の上から身を起こし、沁の体に毛布をかけてやると、彼の首筋を眺めながら髪を丹念に撫でてやる。
やや遠くで飛行機の飛び立つ音が聞こえた。
丘を越えたところにある空港の飛行機が飛び立った音だ。
その音を聞きながら、沁はベッドの上で自分の横に座っている刻の姿を、うっとりとした眼差しでじっと見つめている。

目覚めると、ベッドに刻の姿は無かった。
手足をゆっくりと動かして上体を起こした。
港に面したこの場所からは、星と海と空港と船が良く見える。
「よう」
聞きなれた声に振り向くと、見慣れた人物。手にはコーヒー。
「刻…」
紅茶を受け取りながら、沁は何か言いたそうな表情で刻を見つめた。
吸血鬼に何度にもわたって血を吸われ続けた者は、やがて自分も吸血鬼になりたいという願望を持ってくるようになってくる。
刻にもそれはわかっていた。
「何だ…?
 昨夜も何か言いたそうだったな…
 言っておくがお前を我が同族にする気はないぞ」
「…。」
「図星か…そろそろ我はお前の元を去らねばなるまい」
「や…やだ!俺絶対ヴァンパイアになりたいなんていわないから…!」
刻の服のすそを掴み、必死に訴えかける沁。
「ふふ…冗談だ…だが同族にする気は無い、これは我がお前を我が物とするときに決めた取り決めだ
 憶えているだろう?」
沁は頷いた。
沁と刻が出会ったのは、この教会でだった。


大雨の中、壊れたマリア像の下、沁は座り込み震える手で、今まさに自分の喉にナイフをつきたてようとしていた。
その時、聞いた事も無い波長の声を聞いた。
『死に急ぐ美しい人間よ…血を流すなら我が為に流さぬか…望みとあらばそのまま殺してやってもいぞ…』
驚いて辺りを見回す。
突如、沁の視界を大きく黒い羽の生えた人間──のような何かが埋め尽くした。
長い黒髪をした「それ」はゆっくりと顔を上げた。
病的なまでに白い肌、透明に近い灰色の目、悪魔的に美しい顔立ち、そして笑んだ口元から見えた長い2本の牙。
沁は呆然とそれを眺めていた。
「我が不思議か?我は吸血鬼──人間の血を吸う者だ
 汝の血、我に捧げる気はないか?」
「ぼ、僕の血…?」
沁はやっとのことで震える声で答えた。
「そうだ。
 その後、生きるか死ぬか選ぶがいい。
 死を選ぶのなら我はそのまま汝の血を喰らい続けよう。
 生きるのならば、そこで止めよう」
沁は震える手でナイフを握り締めながら言った。
「血でもなんでも…好きにすればいい」
「承知した」
「それ」は沁を抱えあげると、教会の内部の一室に移動した。
「待っていろ」
そう言うと吸血鬼は隣の部屋へ姿を消した。
沁は祭壇の様な物の上に乗せられた。
少しして、吸血鬼が戻ってきた。
手にはタオル。
「え…」
彼は沁の髪や体を丹念に拭いた。
「寒くは無いか?」
いつの間にか、羽は消えていた。
躊躇いながら頷く沁。
「ならそこに横になるがいい」
沁は言われた通り、祭壇の上に横たわった。
天井が高い。天井にはなにやら絵が描かれている。
「服を脱げ」
「え…」
「下は脱がなくていい」
沁は言われたまま、シャツを脱いだ。
据え膳状態の沁に、吸血鬼が覆いかぶさる。その顔が、沁の首筋に埋められる。
「ん…っ…」
冷たい舌で首筋を弄られ、沁は思わず声を漏らした。
何度も甘噛みされ、沁の呼吸は次第に乱れ、甘い吐息へと変わっていた。
「…っは…っ…」
「噛むぞ
 少し痛いが、最初だけだ、我慢しろ」
「…え…っ!!」
彼の牙は、深々と白い首筋に突き刺さった。
少しの間沁はその痛みに耐えていたが、やがて想像もしなかった感覚に襲われた。
沁の脳から足の指先まで、強い性的快感が支配した。
意思とは裏腹に、沁の下半身が反応を示した。
吸血鬼の冷たい唇が動き、舌が血をねっとりと舐め上げ、再び唇が吸い付く。
「ん…っやあっ…っはぁっ…!」
広い聖堂の中に、沁の淫らな嬌声が響き渡った。
もはや沁の下半身は完全に反応を示していた。
血を吸い上げられるたびに、沁の身体はビクビクと振るえ、快感に喘いだ。
吸血鬼はやがて、荒い吐息とともに唇を離した。
見ると、沁の瞳から涙が零れている。
「…美しい涙だ
 気に入った…我が名は『刻』。我と共に生きぬか」
沁は何が何だかわからないまま、頷いた。
すると刻が笑って言った。
「ならばまずはこれを処理せねばなるまい」
刻の手が、沁の下半身を包んだ。
「え…や…っ」
「…嫌ではあるまい」
沁のベルトをはずし、ズボンと下着を下げた。
さっきまで冷たかった沁の身体は、熱を持ち、汗ばんでいた。
「安心しろ、噛みはしない」
刻はそこに顔を埋めた。
「ひぁ…ん…!」
刻はそれを口で咥え込み、独特の舌使いで沁を翻弄させた。
「ゃ…ぁ…」
彼は自分の口の奥深くまでずっぽりとそれを銜え込み、幾度も吸い上げた。
「っ…だ、だめ…」
彼の舌使いは激しく加速してゆく。
「っあっ…っあ…はっ…!
 だ…め出…っあっ…!」
一段と大きく響いた沁の嬌声と共に、刻の口の中に白い液体がドクドクと吐き出されてゆく。
彼はそれを一滴残らず飲み干し、残りも手で扱き上げて舐めとった。
「…これで一通り終了だ」
今まで感じた事も無い怖ろしいほどの快感があっという間に体中を駆け抜けてゆき、沁は指先ひとつ動かす事もできなかった。
「人間よ…名は何という?」
下着とズボン、ベルトを元に戻され、再び抱きかかえられた沁はやっとの思いで名を告げた。
「──…沁…」
「沁か。
 暫くはここが我らのヤサだ。
 快適に過ごせるはずだ。
 それと沁…我は汝を同胞…吸血鬼にするつもりは無い
 それで良いな?」
沁は未だ快感に酔いしれたまま、力なく頷いた。


──思えば何て妙な出会いだったんだろう、そもそも吸血鬼に出会うなんて事自体狂ってるし…
沁はコーヒーを飲みながら、刻と出逢ったあの夜のことを思い出していた。
──そういえば…あれ一回きりだな…ア、アレの処理までしてもらったの…
  何であん時してくれたんだろ…どうしてあれっきりしてくれないのかな…
  やっぱり僕は刻にとって只のエサにすぎないのかな…
  …って…何考えてんだろ、僕だって…ただあの快感が欲しくて刻と一緒に居ることを選んだのに…今更そんな…
「…何を考えている?暗い顔をして」
反対向きにした椅子に座った刻は優しい顔で沁に問いかけた。
「え、あ、いや別になんでも…」
「ふふ、人間は嘘をつくのが下手だな
 悩み事か?」
刻に瞳をじっとみつめられると、沁は言い訳ができなくなる。吸血鬼特有のものだろうか。
「…と、刻の事考えてた」
「私の事を?」
「うん
 刻は、僕のことどういう風にみてるのかなって、何か、変だよね、今更
 これじゃまるで僕…」
「私に惚れたか?」
「…」
沁の心臓が高鳴った。
刻の顔は相変わらず優しい笑顔のままだ。
「ふふ、冗談だ
 尤も、私は一目惚だったがな」
牙を見せて笑ったあと、コーヒーを一口飲みながら刻が言う。
「え…」
再び高鳴る沁の心臓。
「まぁ…吸血鬼に心奪われる人間の話など殆ど聞かないからな
 我のように人間と取引をし人間は快楽を得る替わりに吸血鬼は血液を…
 そんな話ばかりだ」
「そ…そうじゃない話もあるの?」
「ああ、稀だが、あるにはある。
 人間と吸血鬼の間に生まれた子供の話も同胞から聞いた事がある」
「え…そうなんだ…
 あのさ、刻って何歳なの?
 吸血鬼って見た目は歳をとらないんでしょう?」
「ふふ、そうだな
 生まれてまだ500年程だ」
「そ、そんなに!?」
「1000年を超える同胞達も沢山居る
 所で…沁、お前は何歳なんだ?」
出逢って一ヶ月ばかりの刻の何気ないその質問に、沁の顔が一瞬暗くなった。
「え…っと、は、二十歳、くらい…」
「…何か理由があるようだな…
 嫌なことを思い出させてしまったのなら、すまない…」
一瞬で沁の嘘を見抜いた刻は、飲み終わったコーヒーカップを流し台に置きに行った。
「と、刻!」
「ん?何だ?」
簡単な台所から、刻の返事が聞こえる。
「僕は…小さい頃親に売られて…
 ずっと買われて暮らしてた…でも逃げ出して来たんだ…
 僕は、自分の年齢も知らない…」
──これで刻に嫌われてしまうかもしれない、でも刻には本当の事を言いたい、だって…
  なんか知らないけど、僕のことを大事にしてくれたから…
「…沁」
刻は驚いた表情で台所から戻ってきた。
沁の言葉に驚いたのではなく、その彼の綺麗な瞳から零れ落ちる涙に、彼は驚いたのだ。
「すまない、辛いことを思い出させてしまって」
刻は座っている沁のひれ伏すような形で彼の手を握った。
「え…
 違うよ、僕が怖かったのは…」
刻は沁の隣に腰掛け、彼の頬を冷たい両手で包み、信じられない程優しい声で言った。
「沁、私はお前に怖い思いなどさせない」
沁はそのまま抱き寄せられ、刻は彼の美しい髪を優しく撫でた。
「…刻に、嫌われるのが…」
沁は自分で何を言っているのかわからなかった。
──刻…いつまで僕と一緒にいてくれるのかな…
「沁…お前さえ望んでくれるのなら、我はいつまでもお前と共に居ようぞ」
沁の髪に顔をうずめていた刻が、まるで寝言のように囁いた。
「え…」
暫く涙が止まらなかった沁だが、ぽつりと呟いた。
「なんで…?」
「ん…?」
「なんで…いつまでも一緒にいてくれるなんて…」
「お前が美しいからだ」
確かに沁の顔立ちは刻ほど悪魔的美しさは持ち合わせては居ないが、独特のグレーの髪はその白い肌をした美しい顔立ちにとても似合い、瞳もとても美しかった。
沁は口を少し開いたまま、泣き止む事はなかった。


それから何週間かが過ぎた。
今夜は雨。時刻は夜の8時。
沁は今宵もまた、ベッドの上で刻に血を捧げた。
いつものように刻が台所にコーヒーを淹れに行った時、激しい雷鳴が響いた。
激しく窓を叩く雨粒に、沁は初めて刻に会った日のことを思い出した。
──こんな日だったな…
動けるようになった沁に、刻はコーヒーを渡した。
「ありがとう」
コーヒーを一口のみ、沁は刻に言った。
「もうすぐ食料なくなっちゃうから、買ってくるよ」
「…血を吸われたばかりだろう、外は危ない」
「はは、もう大分慣れたから大丈夫だよ、ほら、ちゃんと歩けるし
 すぐ帰ってくるから、ね」
「なら私も…」
「こんな時間に吸血鬼が街歩いたらそれこそ危ないって、じゃあ、行ってくるね」
「…」
たまには一人で出かけたいのは当たり前か──
少し寂しい気持ちになりながら、刻は残りのコーヒーを飲み干した。

沁は、傘をさして廃れた街を歩いていた。この通りを抜ければ、大きな街に出る。
だが、沁は大きな街に出るその道を途中で曲がり、路地裏に入った。
気がつくと、大雨の中、傘も捨て、来た事のない道を歩いていた。
やがて沁は薄暗い袋小路に入った。
その行き止まりに座り込むと、暫くそのまま項垂れていた。
あたりは雨の音以外、何も聞こえない。
沁は、自分の背中のあたりに手をやり、腰にさしてあったナイフを取り出した。
巻かれた布を解くと、うっすらと光る壊れた街灯の光に反射してそれは光った。
──もう痛いのは慣れたから…大丈夫…
あの夜と同じように、沁は眼を瞑り、ゆっくりとナイフを自分の喉に近づける。
「おい」
「!?」
突然誰かの声がして、沁は驚き眼を開いた。
「お前死ぬのか?」
そこにいたのは、傘をさしスーツを着た金髪の男だった。歳は30くらいだろうか。
「…アンタには関係ない」
「関係あるよ」
再び喉にナイフを刺そうとした沁の手を、いつのまに近づいたのかその男は握って止めた。
緑色の眼が、怪しく光っている。
「死ぬならお前の血、俺にくれないか?」
男が笑い、沁は彼の口から生える、刻と同じ2本の牙を確認した。
「き…吸血鬼…!?」
「そうだ…お良く知ってるな?
 …どうだ?」
「嫌だ…刻以外に血はやらない…」
すると男は驚いたような顔をした。
「ん?お前…刻の知り合い…ってかエサなの?」
今度は沁が驚いた。
「え…刻を知って…」
「俺と刻は、親父…俺達を吸血鬼にした奴が一緒なんだよ。
 持ってる能力も一緒だし」
「能力…?」
「ああ、死に瀕してる者…特に自殺志願者の居場所を察知できる
 他にもいくつかあるが、初めから知ってるわけじゃない。
 …で、お前さんさっきのセリフからして相当刻のことがお気に入りみたいだけど…
 なんで自殺志願者なわけ?」
「ねえ、吸血鬼さん、あなた刻と連絡とれる…?」
「名はソーヤだ。
 ああ、探すのは簡単だ」
「ソーヤさん、ひとつお願いしてもいい?僕の血はあげられないけど」
「…まぁ刻の知り合いなら聞いてやらないこともないけど」


──遅い。
時刻は午後11時。
いつもならいくらおそくても一時間半の間には、沁は帰っていた。
──やはり人間の友達とでも遊んでいるか…
  それか…まさか…私の元を…
その時、玄関の開く音がした。
気がつくと何百年かぶりに出そうになっていた涙がひいていき、刻は玄関へと急いだ。ある決意を固めて。
最後のドアを開け、立っていた人物は、沁ではなかった。
「…ソーヤ?」
ソーヤの腕に抱きかかえられているのは、沁。その喉には、ざっくりと大きく開いた傷があった。血はもはや少量しか流れては居ない。
「沁!!」
ソーヤの腕から沁の身体を受け取り、祭壇に寝かせ、何度も名前を呼んだ。
「…もう死んでる」
沁からゆっくりとソーヤに向き直る刻。
「…おまえ!!」
牙を剥き出しにした刻が、ずぶ濡れのソーヤの胸倉に掴みかかる。
「待て、俺じゃない!
 …とめなかったが…止められなかった。
 俺はお前に遺言を伝える為だけにここに来た。
 遺体を運んでくるのは彼の意向じゃないが、俺の判断だ」
「…どういうことだ…」
「こいつはお前の事好きになっちまったんだと。
 そんで…好きになれば欲がでる…ずっとお前の元にいたいと。
 だがいずれ自分は老いて、年を取り、醜くなる
 そうすればやがてお前は自分の元を去るだろう、
 なら、お前が自分を好きだと言ってくれてたうちに、死にたいと
 あと…『今まで一緒にいてくれてありがとう』ってさ」
「…う…嘘だ…そ…んな…」
刻の瞳から涙が零れ落ちる。
「…お前がそいつを吸血鬼にしたくないって気持ちもわかるし、
 人間としての、好きで居てくれるうちに死にたいって気持ちもわかったから…
 俺は止められなかった」
「…ソーヤ…」
「…なんだ」
「私は死ぬ」
「は!?何言ってんだお前、たかだか一人の為に死ぬだって!?」
「たかだか一人じゃない…沁は…
 私は沁が年老いていつか死を迎える時、自分も共に死のうと思っていた、だが…
 生活を共にするうちに、だんだん…死という形ですら沁を失うのが怖くなった
 だから…俺は…沁が望めば…沁を吸血鬼にすると決めた…そして永遠に共に過ごしたいと…
 だが…遅すぎた…」
「…はっ?じゃあ生き返らせればいいじゃん」
ソーヤはあっけらかんとした表情になって言った。
「…お前、何を言っている…?」
刻は眉間に深く皺をよせ、ソーヤを見た。
「お前もしかして500年も吸血鬼やってて自分の能力気づいてねーの?
 まあ尤も俺とお前の能力が完全に一緒だったらの話だけど」
「…どういうことだ?」
「だから、えーと…
 俺とお前の能力が完全に一緒だったら、
 そいつを吸血鬼として生き返らせることが出来る
 一度でも血を吸った人間なら死んでても…その…
  キスしたら吸血鬼になって生きかえる」
「…お前…そんなことした事があるのか…」
「…うるせえな大昔の話だ、余計なお世話だ、俺は帰る!
 何だよ来て損した、そんガキの血吸っときゃよかったぜ」
捨て台詞を吐くと、顔を赤くしたソーヤの姿は黒い霧のような物に変わって一瞬のうちに消えていった。
刻は黙って祭壇に近づいた。
ぱっくり開いた頚動脈の傷に心を痛めながら、静かに沁の唇に口付けた。


あの後沁の傷はふさがったが、意識は一向に回復しなかった。
天蓋つきのベッドのなか、冷たいままの沁の体を抱いたまま、刻はあれからずっと3日間そうしていた。
「い…っ!」
突如上がった声に、刻は目を覚ました。
見ると沁が起き上がっており、下唇から血を流していた。
「沁…!」
廃人のように眠っていた刻が眼を覚ます。
「え…なんで…これ…」
刻がとなりにいることと、自分の口に立派な吸血鬼としての牙が生えていることに気づいた沁は、ぽろぽろ涙を零し始めた。
「なんでだよ…や…やだ…」
「沁…私がお前を同胞にした
 私の私欲で…すまない、お前はこれから吸血鬼として…」
「え…本当に…?
 刻が…?」
「ああ、私だ、ソーヤではない…」
「え…あ、ありがとう…
 け、けど…いいの…?」
「当たり前だ…お前を失いたくない…」
刻は沁の髪を優しく撫でた。
「…血が…」
沁の下唇についた血を、刻は舌で舐め取った。
「と、刻…」
沁は顔を赤くした。
「ん…?
 そうだ、お前、腹が減っているだろう?」
刻は着ていたシャツを脱いだ。
沁は初めて露にされた刻の白く美しい身体を見た。
「我が血…沁の初めの晩餐に捧げたい」
時刻は夜8時。
沁は空港から飛行機の飛び立つ音を聴いた。

夜はまだ始まったばかりだ。







End.